タコブログ〜公認心理師と共に楽しむ〜

日々が楽しくなるようなコツを、公認心理師が心理学の知識を用いて紹介します。また、世の中の名言(時に迷言)を独断と偏見で心理学的に解釈していきます。

【アサーション】主張しないことがいいと思っていたけれど、どうもそうではなく、ある程度は主張できた方が生きやすくなりそうだ(導入編)

こんにちは。生きタコです。

 

いきなりですが、皆さんは自分の意見をはっきりと言える方ですか?例えば、職場の会議で意見を求められた時、もしくは、同僚や上司にああして欲しい、こうして欲しいという主張ができますか?

 

ちなみに生きタコは、この自分の主張を相手に伝えるということが大の苦手でした。どのくらい苦手だったかというと、会話をしている相手を、「お前さ、言いたいことがあるならちゃんと言えよ!意見を言わないことがいいと思ってるかもしれないけど、それはかえって悪だからな!!」と怒らせてしまうくらい、まったく主張ができない人間でした。

 

そもそも、主張するって、かなり緊張しますよね。主張をしたことで相手から「〇〇と思われるんじゃないか」とか「相手を怒らせたらどうしよう」とか、あれこれ考えてしまう方も多いと思います。個よりも集団を重んじる傾向がある日本において、個を主張する、という言葉を聞いただけで、ビクッっと体が反応してしまいそうです。

 

一方で、昔の生きタコのように、主張しなかったらしなかったで怒られたり、主張しないことで頭の中にモヤモヤが生じたりと、主張しないという選択肢を取ることにも、弊害が生じるもようです。主張しないということで、その場をなんとかやり過ごすことができても、意見を言わない奴というレッテルを貼られてしまったり、長い目で見れば問題解決に至らなかったりする場合があります。

 

じゃあ、主張する人間になればいいんでしょ。明日、職場の上司に「おいお前、部下ばっかりに仕事やらせないでちゃんと働けよ、と言ってやりますよ!」と、なられた方、STOPです。その気持ちも分かりますし、もし近々、その会社を辞めるつもりでいるのならば、そのぐらいのことしてもいい(?)と思います。または、上司から嫌われたり、同僚から少し距離をおかれてしまう可能性があるとしても、そんなの気にしねえ、で乗り切られる人は、その調子でガシガシ主張してもらいたいです。生きタコの仇を!ではありませんが、小心者からすればそのような方は輝いて見えるのです笑

 

一方で、この記事をここまで読まれている方というのは、もしかしたら、そのような主張ができない方が多いのではないでしょうか。いや、上記のような強めの主張どころか、ちょっとした主張(例えば、〇〇して欲しいですなど)も口にしづらい人がほとんどなのではないかなと予想しています。

 

ご安心ください。生きタコも皆さんと同じでした。全く主張できなくて、それでイライラを募らせて、一度、とんでもないことをやらかしてしまったことがあります。まずは、生きタコの失敗例を紹介します。

 

主張しないことで起きた事件

 

これは以前の職場で起きた事件です。その頃の生きタコは、人を頼るとか、人に願いするといったことが全くできない人間でした。

 

その職場では一番若かったため、雑務的な仕事がよく生きタコに回されていました。もともと能力がそれほど高くない生きタコは、次から次に回される仕事に悪戦苦闘。業務時間内ではまかなえず、お昼休みの時間や、就業後の時間を使ってやっとこなしているような状況でした。

 

はじめは、自分が一番若いのだから仕方がないと思っていました。そして、こんなにやっているのだから、いつか誰か気づいて手を貸してくれるだろうと思っていました。

 

でも、そんな日はいっこうにおとずれませんでした。そればかりか、進捗が遅いと周囲に指摘され、さらに仕事をこなすように求められました。

 

気づけば、自分が一番若いのだから、と考える余裕はなくなり、どうして自分ばかり、という思考に囚われるようになってしまいました。そして、言葉で主張できない生きタコは、体の不調を訴えたりといった方法で、自身の限界をなんとか周囲に伝えようとしていました。それでも、状況が好転することはありませんでした。

 

そして事件は起きました。昼休み、生きタコ以外の同僚が、みんなで外食に行っていたのです。それを知った瞬間、何かが弾けてしまいました。職場のパソコンから、昼食に出かけた同僚たちに対して、どうして誰も仕事を手伝ってくれないのか、どうしてこんなに忙しいのに昼食に行けるのか、という恨み辛みをメールで一斉送信してしまいました。

 

 

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メールでたまりにたまった鬱憤を主張

 

送信ボタンを押してから、血の気がさーっと引いたのを覚えています。しかし時はもうすでに遅し。ほどなくして、同僚の一人から、優しくも厳しい文面で返信をもらいました。そこに書かれてあったことをまとめると以下のようになります。

 

・どんなに厳しくとも、このようなやり方では許容できない。

・今日のお昼ご飯、生きタコ君を誘ったのは仕事のことを話したかったから。

・主張の仕方は許される者ではないけれど、主張してくれたことは伝わった。

 

というものでした。このメールをもらうまで、自身が昼食に誘われていたことをすっかりと忘れていました。言い訳になってしまいますが、それほどまでに余裕がなくなっていました。この事件以降、仕事の分担について同僚たちと話し合うことができるようになりました。

 

当時の同僚の一人からは「あの怪文書(メール)も、一つの主張方法だよね」と会う度に言われます。確かに、形はどうであれ、主張ができたことは事実です。しかし、自身をこんなにも苦しめる前に、また、相手にここまで不快な思いをさせずに伝えることはできなかっただろうか、と、自問自答する日々が続きました。

 

さて、長くなってしまいましたが、主張を正しく学ぶことは重要であると思っています。一つのスキルとしてでも、一つの態度としてでも、生きタコ自身、そして皆さん自身の生きやすさのために一緒に学んでいきましょう。

 

実は、この主張(表現)する技法を、アサーションといいます。次回から、このアサーションを学んでいきたいと思います。

 

ここまで読んでいただきありがとうございました!

皆さんの生きづらさが、少しでも軽くなりますように。