こんにちは、タコです。
今日は昨日に引き続き、過去に書いた小説を紹介したいと思います。
前回の作品にコメントもらえたことがよっぽど嬉しかったんだね!
・・・うん(照れ)
この作品は、昨日に紹介した作品同様、今はもうなくなってしまった時空モノガタリ文学賞という投稿サイトで、入賞した時の作品です。当時は「おでん」というペンネームで書いておりました。
昨日に紹介した自作の短編小説はこちら。
読みやすい短編になっておりますので、ぜひ、最後まで読んでいただければ幸いです。
それでは、どうぞ!↓↓↓
タイトル
『冷たいハーブティ、そしてシャンティ』
三年間付き合った光広と別れてから、約三週間が経った。私は身なりを整え、光広が働いていたヨガスタジオにやってきた。
受付の女性に体験したい旨を伝えると、冷たいハーブティーを出され、必要書類に記入を求められた。たっぷり時間をかけて書類を仕上げた私は、
「こちらでお世話になっていました瀬川光広の知人なのですが、葵先生に是非ご挨拶させて下さい」
と、冷静に言った。
ほどなく現れた葵先生は、ホームページに掲載されていた写真と同じ格好――紫のタンクトップに、足のラインがくっきりわかる黒いパンツ――だった。「三十代後半」。たしかホームページに記載されていたプロフィールにはそうあった。小顔で目が大きく、長い艶のある黒髪を後ろで一つに縛り、独特のエネルギーを放っている。
私は間髪入れずに吐きだした。
「どうして、光広をインドにとばしたんですか?」
大きな葵先生の目が、さらに大きくなった。
「どうして……」
私はもう一度言って、
「自分がふられたからって、インドにとばすなんて許せない!」
と大声を出した。それから飲みかけのハーブティーを葵先生にかけた。しかし、冷たいハーブティーはたいした兵器にはならず、葵先生の紫のタンクトップに染みをつくっただけだった。
「落ち着いてください」
近づいてきた葵先生を両手で突きとばした。どしんと尻餅をついた葵先生を見、私は子どもみたいに声をあげて泣いた。本当に悔しかったのだ。光広が、私の他に別の女とも関係を持っていたという事実が。
葵先生は、動じた様子を見せずにゆっくりと立ち上がった。そして、
「インド行きは彼が適任だったけど、そこに私情はなかったと言えば嘘になるわね」
と、こちらが拍子抜けするくらい正直に、淡々とこたえた。
「付き合ってちょうど十年。結婚したかったのよ、光広さんと。でも彼には、結婚はできないってはっきり断られたわ。他に女性がいることはなんとなく想像ついたけど、あなたみたいに若い人だとは思いもよらなかった」
たしかに私はまだ二十代半ばで、光広は四十三歳の、世間で言えばおじさんだ。葵先生の「光広さん」には無理がなくて、私の「光広」はうんと力を入れて背伸びをしている感じがする。
だんだんと、三年という月日が、十年という月日を前にかすんでいく。
そして、そんな月日の長さなんかを勝負の引き合いに出してしまう幼い自分が嫌になる。
「もしよかったら」
震えるだけの私に、葵先生は静かな声で言った。
「ヨガをしていかない?」
スタジオの中は薄暗く、所々に置かれた間接照明が幻想的な影をつくりだしている。私は空気の匂いをかいだ。ここで光広がヨガを教えていた。そのことを思うと、目の奥がじゅんじゅんと熱くなる。
「今日はじめての方もいらっしゃいますので、まず私たちのクラスで最初と最後に唱えているマントラの説明をさせていただきます」
葵先生の口調と姿勢は堂々としていた。タンクトップはグリーンに変わっている。
「まずオーム。この聖音オームは、キリスト教でいうところのアーメン、日本でいうところの阿吽(あ・うん)にあたります。少し壮大な話、オームの言葉には、宇宙の始まりから終わりまでの意味がこめられているんです」
後ろに束ねられた長い髪を、両の手で包むようにしてなでてから、葵先生は続けた。
「そして次に唱えるシャンティ。シャンティはサンスクリット語で平和を意味します。私たちはそれを三回唱えます。一つ目のシャンティは自分の平和を。そして二つ目のシャンティは身近な人に対して。そして最後に唱えるシャンティは周りにあるすべての平和を願います」
私はふと思った。葵先生はあの人にふられた後も、こうして周りのために平和を唱え続けてきたのだろうかと。
「それでは唱えます。オームー」
葵先生の声に合わせて周りの生徒がオームを唱える。始まりと終わり。私は声を発することができなかった。
「シャーンティー」
次に平和を唱える。私は相変わらず口を結んでいた。大学を卒業してすぐの頃、飲み屋で光広に声をかけられたことを思い出す。本当の恋というものを初めて教えてくれた人。キャンディを舌の上でとかすみたいに、私をゆっくりと社会に馴染ませてくれた人。
「シャーンティー」
誰に何を言われようとも、光広との将来を信じて疑わなかった。でも彼には、私と一緒にインドへ行くという発想はなかった。そうすることが当然であるかのように、あっさりと私に別れを告げて、インドへと飛び立った。
涙でぼやけた視界の中、三回目のシャンティを唱えようとしている葵先生と目が合った。微笑む葵先生の大きな目は優しくて、凛としていた。
いつか私も、強いエネルギーを放つ女性になることができるのだろうか。
とにかく私は、息を大きく吸い込んでみた。
(了)
いかがでしたでしょうか。
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